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☆オランダ商館跡☆

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引き続き平戸のまち
オランダ商館跡を散策します☆

1609年にオランダ商館を造ったのですが
その前はポルトガルとも貿易をしていた
歴史があります!

さらに1613年にはイギリス商館を造って
イギリスとも貿易!!!

ということは・・(゜O゜;)
当時の平戸は貿易のまちとして
ものすごく、素晴らしく
栄えていたでしょうね!

海外交流の窓口だったんですね〜♪

その後、鎖国が完成して
長崎の出島に移っていくことに
なったそうです


こちらは↑
当時のオランダ商館の復元模型です!
長崎の出島に移る時に
幕府は「商館を全部壊せ!」
という命令をし
壊されてしまいましたが

今でも
オランダ塀をはじめ

オランダの人が築いた防波堤で
当時はオランダの国旗が建った「常灯の鼻」

その他には「オランダ井戸」

写真ではうまく撮れてないのですが
大小2コの井戸が連なっています
写真は大きい方です!

大きい井戸は外☆
小さい井戸は商館の中にあったそうです

今でも異国情緒あふれる
オランダ商館跡めぐりが楽しめます!
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2006年02月27日 17:36  tomocchi  カテゴリ:平戸市

コメント(ご利用について

いっき wrote:

平戸のの歴史もそうなんですが、なぜか長崎県のオランダ話って暗い歴史が多いですよねぇ。

オランダの貿易船は平戸を追い出された後、横瀬浦(西海市)→口之津(島原)と転々とし、最後に長崎でその文化が花開いたと聞きました。
藩主の決断一つでその後の歴史が大きく変わるんだからおもしろいですよね。
2006年02月27日 19:55

tomocchi wrote:

いっきさん☆コメントありがとうございます
(≧▽≦)
平戸に行って以来、少しだけ歴史博士に
なったような気がします!
島原の乱などと、歴史が自分の頭のなかで
つながるととっても面白いです!
2006年02月28日 13:35

まぜぞう wrote:

オランダもそうだったんですね・・。
港を転々とするのはポルトガル(南蛮船)の話だとばかり思ってました。トホホ
2006年02月28日 14:53

歴史好き wrote:

へー。
オランダは平戸から出島に直接来たと思ってました。
長崎の歴史は和華蘭っていうけど、
まさか横瀬浦から口之津行って長崎とは・・・。
まだまだ勉強せねば。
2006年02月28日 15:28

tomocchi wrote:

まぜぞうサン☆ありがとうございます!
そうなんですよ!私もトホホな思いを
しました!
海外の方も大変な思いされたでしょうね(^^;)

歴史好きサン♪歴史は奥が深いですね。。
私も知りませんでした。。(><)。負けずに
勉強します(^^)>ありがとうございます!
2006年02月28日 16:20
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